弁護士紹介 三谷和歌子

アソシエイト

コラム

カナダ借家事情

(平成16年〜18年頃まで、三谷弁護士はカナダに滞在しており、以下の文は、同弁護士が体験した借家トラブルについての報告です。)

カナダ・オンタリオ州における借家の慣習は、日本とは違い、通常、まず1年間の借家契約を締結し(もちろん、短期契約の場合もあります。)、その契約が終了する際双方から解約の申し出がなければ、自動的にマンスリー契約に移行します。ところで、日本では、双方の同意なく家賃の値上げ・値下げを行うためには裁判所の許可を求める必要がありますが、オンタリオでは、借家開始1年を過ぎた家賃について、政府が定めた利率(毎年改定されます)を上限として、家主は、家賃を変更しようとする月の90日前に所定のフォームによる通告を行うことによって、借家人の同意なく、家賃を上げることができるのです。これに納得できない借家人は、60日前に所定のフォームによる通告を行うことによって、借家契約を解除し、対抗することになります。つまり、通告を受けた借家人は、出て行くか家賃の値上げを受け入れるかの選択を迫られることになっているのです(もちろん、交渉により別段の合意に達することも可能です)。
先日、1年間の借家契約が終わりそうになったころ、私は、家主から家賃の値上げをメールで通告されました。このような体系になっていることを知らなかった私は、日本と同じように同意しなければ問題なく同じ家賃で継続するだろう、などと適当に考えて、「値上げには同意できない。むしろ値下げすべきだ(実際、トロントの家賃は下がり続けていました。)」とメールで返事しました。メールでののんびりとした交渉が続き、家主の返事を2週間以上も待っているうちに、契約解除予告期限の60日前を過ぎてしまいました。
すると、それを待っていたかのように、家主から、「契約解除予告期限の60日前は過ぎた。したがって、この借家契約は自動的にマンスリー契約に移行する。家主には一方的に家賃を値上げする権利があるので、マンスリー契約における家賃は通告した値上げ後の家賃となる。」という返事がきました。さすがにびっくりして(ここで家主による一方的な値上げの権利を初めて知りました。)、借家契約を仲介してくれた日本人の不動産業者に助けを求めたところ、「家主には一方的に値上げを行う権利はあるし、60日前予告期限も過ぎたので、家主の言い分は一理ある。厳密に言えば、家主は所定のフォームで90日前に通告していなければならないので、今回の通告は無効の可能性が高い。したがって、本気で家主と喧嘩してもいいと思えば、値上げ通告は無効だから従前の家賃しか払う義務がない、と言えばよい。ただ、本気で喧嘩すると、家主との関係は最悪になる。」とアドバイスしてくれ、オンタリオ借家法廷のウェブサイトを教えてくれました。(http://www.orht.gov.on.ca/scripts/index_.asp) 家主のやり方はあまりにも卑怯ですし、ここで負けたら日本の弁護士の名が廃ると思った私は、必死で法律の原文にあたりました。するとなるほど不動産業者の言うとおり、今回の家賃値上げの通告は無効になりそうでした。もうこんな卑怯な家主と仲良くしても仕方ありませんし、裁判となった場合十分勝てる見込みがありそうでしたので、いざとなったら裁判も辞さない覚悟を決めた私は、まずは、強気の交渉を行うことにしました。そこで、「私たちはまだ交渉中であり、私は解除通告の権利を留保しているはずだ。それに、あなたの返事を待っていて60日前予告期限が過ぎたのだから、あなたが、私の解除通告の権利がなくなったと主張することは不誠実だ。いずれにしろ、家賃の値下げをしないのであれば、当初の契約期間終了時点で私は家を退去する。」と返事しました。
すると、今まで強気だった家主がなぜか急に弱気になり、最終的には、こちらの主張する家賃値下げで交渉がまとまりました。
結局、家主の値上げ通告が有効か無効かという話はせずに単純な交渉で終わったのですが、非常に勉強になりました。
私は、日本における法律の専門家として一般的な法律問題にはそこそこ対処できると自負していましたが、法律がまったく違う国に住んでみて、足下を掬われかけました。借家という身近な法律問題でも、国によって法体系に大きな違いがあるものです。そんな当たり前のことを実感させてくれた一件でした。

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