弁護士紹介 田辺信彦

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コラム

眠法・軽法・笑法(2)〜年齢〜

2002年9月

年齢(その1)

夜の10時頃に、二人づれが市外の明かりの乏しい散歩道をそぞろ歩きしている。男は恋人にたずねる。
「マリア、それはそうと、あなたは幾つですか」
「このくらいの明るさでは30歳よ」

年齢(その2)

 一人の婦人が通りがかりの紳士にたずねる。
「あなたは、私が何歳だとお思いですか」
「60歳でしょう」
「あたり!どうしてわかったのですか」
「私の家の隣に半分気の狂った女の人が住んでいるのですが、その人が30歳だったからです」

ー三原幸久・スペインのジョーク(「世界のジョーク・警句集」所収)233頁、234頁ー

〔参照条文〕

・年齢計算に関する法律第一項
年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス
・年齢のとなえ方に関する法律第一項
この法律施行の日以後、国民は、年齢を数え年によって言い表す従来のならわしを改めて、年齢計算に関する法律(明治35年法律第五十号)の規定により算定した年数(1年に達しないときは月数)によってこれを言い表すのを常とするように心がけなければならない。

この春高校卒業30周年記念パーティーがあった。往年の美少年美少女達総勢150名が集まり、昔話に花を咲かせたが、その席上、強く印象を受けたことは、暦の上では同じ年齢であるはずなのに、昔ながらの細身、黒髪で30代にしか見えない者もいれば、60の還暦近い年にしか見えない者もいるということであった。外見上の年齢にして前後20年の開きは驚きであった。以前老人ホームを訪れた際も80代の男性と60代の男性の年齢はどう見ても逆に見えた。「年齢」に個人差が大きいのは事実である。

年齢には暦の上での年齢、見掛け(外見の上)の年齢、身体的年齢、生物的年齢、精神年齢など、いろいろな年齢があるが、暦の上の年齢を除けば全て個人差がある。
法律上は、就学年齢、婚姻年齢、成年に達する時期、選挙権、被選挙権、定年、年金支給年齢などいずれも、憲法第14条の法の下の平等の要請から暦の上での年齢によって一律に扱っている。このこと自体は他の場合に生じる個人差を測定する客観的な方法がない以上やむを得ないことであると思われるが、個人差そのものは厳として存在するのであるから、暦の上での年齢によって一律に扱うことは「実質的」にかえって「不平等」が存在することにほかならないのである。

手塚治虫の未完の名作、「ガラスの城の記録」では、暦の上での年齢と身体的年齢が逆転するケースが出現してくる。科学万能主義を批判するこの漫画は、「人類が1971年に冷凍睡眠による長寿法に成功し、山師の札貫礼蔵は利殖のために家族たちをケースに納め冷凍睡眠で眠らせる。ところが、このケースを管理する人間が必要であり、その係に四男の四郎が選ばれるが、自分一人だけが年(身体的)をとっていく役回りを損に思った四郎は家族の入ったケースを管理する係を兄の一郎(長男)に交替してもらおうと思い、1992年に一郎を冷凍睡眠から目覚めさせたところから札貫一家の悲劇が始まる」物語である。この冷凍睡眠中は身体的に年をとらないから、18歳のときに冷凍睡眠を始めた女性は20年経っても身体的年齢は18歳のままなのである。一方、1971年に0歳だった女性は冷凍睡眠しないで20年経てば、身体的年齢も20歳となるから、結果として、暦の上での年齢が38歳の女性の方が同じく20歳の女性よりも身体的年齢では2歳も若いということになる。おじやおばと身体的年齢差のない姪、弟の身体的年齢が兄より20年近くも上という状況が数々の悲劇を生んで行くことになる。

年齢とはいったいなんなのだろうか。暦どおりに年をとって行く方が幸せなのだろうか。その答えは各自がそれぞれ出さなければならないのだろう。

  • ※この記事は「たなべフォーラム」第3号(平成7年12月20日発行)に掲載されたものを転載したものです。

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